ネオ縄文国造りに向け、奄美開びゃくの女神様へご挨拶

奄美大島4日目。

世界の雛形の日本、日本の雛形の奄美。

その奄美大島を開びゃくした神様は

女神「阿摩弥姑(あまみこ)」

男神「志仁礼久(しにれく)」

であり、その二神は、奄美北部笠利町内の山頂に降り立ち、その聖地は

「アマンディ」

と呼ばれています。

風の時代の始まり、ネオ縄文国造りに向け、奄美聖地巡礼の旅も終盤、アマンディの里宮である阿摩弥姑神社とアマンディへご挨拶。

ところが予定の前夜

「アマンディへ行くのですか?あそこは案内にある場所と本当のアマンディの場所は違うみたいですよ」

という情報を聞きつけ、当日に急遽現地をご案内頂くことに。

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本当のアマンディ(開びゃくの神々が降り立った地)の場所とは?

通常のアマンディと近い場所であり、そもそも聖地の山は、知ってか知らずか、自衛隊基地によって厳重に管理されており、どちらのアマンディを目指すにしても、自衛隊の基地を目指すのは変わらず。

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ところが、通常のアマンディへの入り口の反対を向くと、そこに鳥居があり、本当のアマンディと呼ばれる場所は、その鳥居の奥の山の上にあるのでした。

これは現地の人々もほとんど知らないとか。

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そこで山道を登ること、10分ほどで、山頂に到着し、そこには磐座や石柱が祀られており、確かに開びゃくの女神「阿摩弥姑」の降臨の地と書かれていました。

なぜ、2つアマンディがあるのか?

なぜ、1つは隠されているのか?

理由はわかりませんが、幸いにも運が良く、アマンディをしっかり参拝することができました。

これからの国づくり、開びゃくをする当たって、奄美始祖の神々へのご挨拶は必須のところ。

ところがどっこい、この阿摩弥姑女神は、このアマンディの地から移動し、奄美大島最高峰で霊山と知られる

「湯湾岳(ゆわんだけ)」

に降り立ったという言われがあります。

日本の雛形である奄美の最高峰となれば、それは富士山とも繋がっているのかも。

そんなこんなで、今回の旅で湯湾岳の山頂を目指すことに。

「山頂付近まで車で行けて、そこから15分もあれば登れますよ」

幸いにも、道が整備されて、本気の登山をせずとも簡単に登れる山のようですが、登り口を間違えると1時間の登山になると。

そして、あれだけ注意されたのに、見事に登山口を間違えていたようで、それに気づかずサンダルで登山開始。

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おまけに山道の途中から工事で車が侵入禁止となっており、登山道の前から登り始めることに。。。

さすがは最高峰の霊山、簡単には登らせてくれません。

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そして、晴天だったにも関わらず、登山を開始してから、急に雲と霧が出て来て、暴風雨に。

湯湾岳の山頂は蛇がトグロを巻いたピラミッドのようで、龍神様の大歓迎と解釈。

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そもそも15分散歩の格好だったのに、大洪水の登山道をサンダルで歩く羽目になり、なんとかずぶ濡れになって山頂に到着。

試されまくりの旅でしたが、再び、奄美開びゃくの女神様にご挨拶して、今回の奄美の巡礼の旅もフィニッシュ。

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そして、登山道から出ると、あれだけの暴風雨だったのにピタッと止んで、雲間から太陽までもカムバック。

1分たりとも無駄のない龍神様の見事な演出でした。

奄美の根源の神々様へのご挨拶も終わり、奄美と八ヶ岳もこれから繋げていけたらと思っています。